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フィジー一人旅をしてきました。10
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海岸から国道に出て快適に走りました。ドライバーは、またもやイスラム教のインディアでした。髭をはやしています。今度こそ2時間余り日本語の通じない相手と2人きりです。言葉はよく分かりませんが意味はお互いに気を使い合って大体通じているような気がしました。途中の街で喉が渇いたからジュースを買おうと「マイ・ジュース・ドリンク・プリーズ・ショップ・ストップ」でジュースも飲めました。当然、彼にも買ってあげました。イスラム教の人は香料入りのマンゴージュースは飲みますがコーラは飲みません。(?)
相変わらず道路脇ではマンゴーや魚そしてマングローブ蟹を売っています。
今度来た時はマングローブ蟹を食べてみようと言ったつもりだったんですが、「蟹が食べたいのか?」と尋ねるので「そうだ」と答えると「カレーにして食べたらどうだ」と言ってきます。「作って食べる事が出来るのか」と言うと「自分の家でできる」と言うので「ワイフに尋ねてみろ」と言うと携帯を出して嫁さんと話していましたが「OK」と言うので蟹を買いました。持ってきた女の子に料金を払うとうれしそうに微笑んでいます。滅多に売れないのかもしれませんね。途中で警察がスピード検問をやっていました。それを説明するのに車のメーターを指さし、針を人差し指で表現してスピードが上がる仕草をして「ポリュ」と言ってきたのですぐに分かりました。「ジャパン・ラットキャッチ」と言うと大笑いしました。
彼の給料も4万円位で19歳・17歳の娘と14歳の息子の5人暮らしだと言っていました。
結構2人で2時間何やかやとしゃべりどおしでホテルまでやってきました。
チェックしようと名前を言っても分からない様なので、さっき貰った領収書を見せてようやくOK.忘れ物のノートが届けてあって、それを受け取りました。部屋への生き方を説明してくれるのですがアイキャン・ノット。
ボーイがやってきて案内してくれ部屋の前に立つとドアがなく各部屋につながるベランダが廊下になっていて、ベランダ用の大窓にカギを付けた入口になっています。鍵を開けようとボーイがガチャガチャやるんですが中々開きません。(このホテル大丈夫かな?)
ようやく開いて荷物を置き、ホテルの外で待っている先ほどのタクシーに乗り込み彼の家へと向かいます。段々淋しくなっていきます。アスファルトの道路から右に入ると泥んこ道です。くにゃくにゃ曲がって(今降ろされたらどうしようもないな)と思いながら乗っていると道路の先に数人の男達がたむろしています。(ひょっとして、ここで襲われて殺されるんじゃないだろうな)平然とした顔で乗っているとワーッと言って車のそばにやってきましたが、ドライバーは、笑って通り抜けました。(ホッ、良かった)
しばらくして、囲いのある家に着きました。奥さんがドアを開けてにこやかに挨拶してきました。同じインディアでも宗教で違っていてイスラムはナマステとは言わないそうです。
部屋の中に通されると2人の娘さんと1人の息子さんが椅子に座っていました。にこやかに立ち上がって挨拶してくれました。「レッドティー?」と言ってカップを渡されました。
飲んだら紅茶でした。確かにその通りですが、私としては特別な飲み物かなとちょっと期待したのですが。
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ビデオを回していたら調理が始まるというので台所と裏庭に移動しました。
ナンの粉を混ぜ、丸く丸めて、のし棒で平たくする長女、玉ねぎやニンニクを細かくきる奥さん。表では、ドライバーの彼が蟹を切り分け水洗いします。奥さんは、小さな鉄製のくどに、たきぎを入れ上から廃油を掛け火を付けます。丸い鉄板を乗せて油を敷き丸くて薄いナンを乗せて焼きます。焼き終わると寸胴鍋に換えて油を入れ野菜やニンニクを入れ炒めます次に蟹、香辛料の数々最後にお湯を入れて味の調整をして出来上がり。
部屋に入り、ボールに移して持ってきたカリーを皿によそってくれます。絨毯の上にアグラを組んで、食べ方を教えて貰ってナンでスープをすくう感じで食べ、蟹は両手で掴んで殻を歯で割りながら食べます。身が少し残っているのも取りにくいから食べ終わりの皿に入れると、ここにまだ残っていると教えてくれるので、また食べ直しました。はじめに食べるのはゲストと両親、その後長男、最後に娘達が食べました。久しぶりの御馳走なのでしょう皆ニコニコです。デザートは、裏庭にぶら下げて毛布を何枚も巻きつけてあった何段もあるバナナの房から黄色く色づいたモノだけちぎって食べさせてくれました。
もっと食べろと言ってくれますが、子供達の顔を見ていると食べさせてあげたくなるので
もう充分とジェスチヤーで表現しました。次、フィジーに来た時は、ホテルじゃなく、この家に泊ってくれと言ってもらいました。夕食が済み、ホテルに送ってもらい、キーをフロントからもらい部屋へ行こうとすると化粧をして長い髪を後ろで一つにまとめた大きな男が高い声を出して私を呼びとめました。(でっかいオカマ)
「プリーズ・プリーズ」といって私を土産ショップに連れて行って、お金を持ってるかと聞きます。ないと言うとカードはもってるかと聞きます。カードは持っていないと言うと、しばらく色んな話をして釈放してくれました。フィジー最後の夜も色んな事がありました。
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by reihoku-p | 2008-11-26 16:30
フィジー一人旅をしてきました。その9
翌朝、小鳥のさえずる声に目を覚ましました。私は目が覚めるとすぐに通常モードになるタイプなので(通常体温36.7~37.0℃)ベッドから出て歯ブラシに練り歯磨きを乗せて(チューブの練り歯磨きを歯磨き粉と言う人が多いけど、本当は練り歯磨きが正しいと思っている私です)表に出るとなんと清々しい空気でしょう。風と波の音以外鳥の声しか聞こえません。犬達はすでにラキラキに泳いでいったのでしょう。
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私は、船着場まで下りて行き、しゃがんで海水をすくい口に含みウガイをして歯磨きをしました。当然口をゆすぐのも海水です。部屋に帰って水でうがいと洗顔をしました。少し節水に協力する為に。
Mちゃんの朝食が出来るまで海辺に降りて海水や生き物、マングローブなど見ていたら
T氏の奥さんが来られ娘が早く来ないか心配そうに家の方を見上げて待っていらっしゃいました。どこの国の母親も同じだなと思いました。娘さんはほどなく鞄を持って降りて来て、笑顔で挨拶してくれました。14歳というのに魅力的な女性になるだろうなと思える手足が長くスリムな体躯笑顔がとってもかわいい子です。いずれ、日本に留学するんだそうです。T氏がボートで学校まで送って行き、帰りに水や冷蔵庫用の氷をラキラキに住んでいる三男と一緒に積み込んで一緒に帰ってきます。
私たちは、その間に朝食を済ませ、二人が帰ってくるのを待ちます。
二人が帰って来て荷物を運び終わって、いよいよ仕事開始。
オペレーションハウスまで桟橋がつながっていないので少しの距離ですがボートで行きます。今日は、すごい時化です。白波がすごいです。
今日の仕事は、処施(しょせ)です。ファースト・オペ。つまり、黒蝶貝に初めてメスを入れて核を挿入(そうにゅう)する仕事です。1年ほど経ったら直入(ちょくにゅう)といって、メスで表皮を切って、そこから真珠を取り出し、取り出した所から取り出した真珠と同じくらいの核を挿入してやります。当然回数ごとに出てくる真珠は大きい物が取れるのです。
Mちゃんがデスクに座り、T氏が貝を切り開いて外套膜(貝のひもの部分)の真珠層をよく生成する部分をメスで切りだしてカットし、ひも状にしてMちゃんに渡します。Mちゃんは、それをさらに正方形にカットします。三男のK君は核を入れる貝の口を開けて栓を刺して手術しやすいようにして渡します。手術がはじまり3人がそれぞれに連携して仕事が進んでいきます。このオペレーションハウスもK君が海の上に建てたそうです。器用だし、休まず仕事をします。やはり、日本人の血なのでしょうか。父親の教育なのでしょうか。父親の姿を見て育ったからでしょうか。フィジアンの働き振りとは全然違います。
父親に細胞切りの方法を真剣に習っています。午後1時まで揚げてきた貝が無くなるまでしました。これも日本の家族的な仕事のやり方と一緒です。
今日は、私が来ているので本日の仕事は終了。
昼食を頂いて、また、芋の「ツケアゲ」を作りました。私が荷物を詰めている間にMちゃんがお皿一杯のツケアゲを持って2人の所へ行きました。私が荷物を持って降りていくと
K君がツケアゲを咥えて親指を立ててグーッの合図をしてきました。奥さんにもお別れの挨拶をして、頂いたお土産を持って4人でボートに乗り込みラキラキへ向かいました。
ボートでT氏が「あのお菓子は何で出来てるんですか」とおっしゃるとMちゃんが得意げに「イモとフラワーと卵と砂糖と塩を混ぜて油であげてあるんです」と説明してくれました。対岸に着くと旅行会社のタクシーが来ていて中からインディアのドライバーがにこやかに出てきました。タクシー代とホテル代と明日のタクシー代として18,000円を支払い荷物を積んでお礼とお別れを言うと「今度またゆっくり4~5日泊ってリーフを歩いたり、潜ったりしてください」とT氏よりお言葉を頂きました。別れを惜しみつつ固い握手を交わして手を振りながら車は出発しました。
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by reihoku-p | 2008-11-20 18:51
フィジー一人旅をしてきました。8
ボートを運転して来たのは、島の持ち主の3男ミスターK、船に乗る為に私は靴と靴下を脱ぎ、ジーパンの裾をあげ潮に浸かって乗船しました。私のボストンはKが頭の上に抱えて乗せてくれました。結構うわ風が強く吹いていて水しぶきが飛んで来ました。10分ほどで島に上陸。そこには、日本を離れて50年一度も帰っていないミスターT氏が出迎えに来て下さっていました。島の周りにはマングローブの林と砂浜、そこにヤシの木やソテツのような木、丘にはブーゲンビリアなどの草花の木々があり、ハンモックが吊るしてありました。Mちゃんが借りている家に案内され、ちょっと遅い昼食を作ってくれました。
カレーです。はじめて料理する姿を見ましたし、はじめて、その味を味わいました。それもベランダにセッティングされたテーブルで。対岸のラキラキとコバルトブルーの海ブーゲンビリアの花々を眼下に。地上の楽園を現実化した気分です。
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食事の後は、事務所兼工作所の建物に行き、T氏と3人でフィジーの事、日本の事、真珠の事、世間話などしたり、T氏の真珠を見せて頂いたりしました。その後、Mちゃんの案内で島めぐりをしながら、この島には何百年か前に漂流した人が港を作った石垣が残っている事、遺跡があり土器が出てくる事、フィジーの絶滅危惧種の小鳥の巣がある事
夜浜辺に来ると林の中から男性の声でフ~ゥ~と歌を唄う声がする事(気持ちいい歌声)、半年間雨が降らないので水不足になっている事を話してくれました。元に戻って、ふと見上げるとヤシの木にヤシの実が成っています。T氏の奥さんが屋根に登って棒で突きますが中々落ちません。諦めかけた時2個落ちて来ました。奥さんはフィジアンなので変わったのこぎりに似た鉈(ナタ)で口を開けて渡してくれました。
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わずかな甘みのジュース量も十分ありました。飲み終わったヤシの実を鉈で割ってなかの白い果肉を食べたら、食感は沢庵みたいでした。残りのヤシは犬にやると歯でガリガリとココナッツを削って食べていました。ここの犬は、人の食べ残しは全部食べてくれる残飯処理してくれるので環境維持に一役かっています。この犬朝早く海を泳いで対岸のラキラキに渡り昼間遊んで夕方T氏が末娘を迎えに行く時間を知っていてボートに乗って帰ってくるそうです。この島には、電気がないので、発電機を夕方6時から9時まで稼働します。電気があるうちに夕食と入浴を済ませなくてはなりません。シャワーを浴びようとコックをひねってもシャワーにならず水道の蛇口から出てくる様に一本になって出てきます。水不足ですからタンクからの圧力がないのでしょう。体中の石鹸が洗い流されるまで水のある事を願いつつタイルに体をくっつける様にして無事入浴できました。
9時になると電気が消え、ランプやロウソクをテーブルに並べクリスマスのようです。
私、ランプの生活は生まれて初めてで何だかとてもうれしい気分でした。此処に居ると毎日がクリスマスだ!
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ベランダに出ると対岸のラキラキでは赤い炎があちこちからあがっています。火事だと言うと、「違うんですよ、フィジアンは、火を付けて赤く燃えるのを喜んで火を付けるんですよ」と教えてくれました。放火は犯罪なんですが、昔からの営みだから厳しくとがめられないそうです。確かに黒い世界に赤々とのぼる炎は綺麗だけど朝になればはげ山状態大雨でも来たら土砂崩れしないのか心配になります。
テレビもラジオもない世界、どんな事件が起こり、世界がどのように動いているのか全く分からない、そんな事に感心もなくなる世界。暗くなったら寝るんです。それだけしか選択肢がない世界。寝る事のすばらしい意味を知った気がします。おやすみなさい。
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by reihoku-p | 2008-11-17 12:32
フィジー一人旅をしてきました。その7
市内の土産品店の前でタクシーを降りると、土産屋のインディアが「いらっしゃいませ、お土産は如何ですか。安いですよ。お荷物こちらにどうぞ。」と日本語で話しかけて来て私のボストンバックを持って店の中へ入って行くので私達も後に続いて入りました。
お土産も買い終わり、長距離のタクシーをMちゃんが予約していてくれたので、そのタクシーに乗ってラキラキに向かって出発です。タクシー料金は、メーターが付いていないので交渉して乗るのだそうです。ドライバーは、中年の大柄なインディアで紳士的な人です。イスラム教徒なので2時間の乗車時間の内、何度となくイスラム寺院があると指を指して「寺院だ」「学校だ」と言っていました。
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(サトウキビのきざまれたものが山の様に積まれています)
こちらのバスは、座席の窓ガラスがj付いていません。たまに、新しいバスには付いていました。雨の時にはどうするんだろうと思いました。市内を抜けると畑や集落が見えてきます。マンゴーの木が国道沿いに自生していて実がなっています。板で台を作ってマンゴーを山盛りにして売っています。なにやら黒い塊を縛った物を片手で高く持ち上げて売っています。この暑さに木陰に魚を並べて売っています。正面から小さな列車がやってきます。サトウキビを運ぶ列車です。私達の前をサトウキビを車から相当はみ出して山盛り運搬しているトラックが走っています。
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(ナンディの繁華街)
コンテナー車が走っています。アメリカでブレークしたフィジーウォーターを運んでいます。ここに来たらフィジーウォーターは手放せません。途中のスーパーに寄ってもらいました。買い物カートを押して、日本と一緒です。もう少し行って市場にも寄ってみました。
キューカンバー、ジャガイモ、香草、トウガラシ、豆類、イモ類、野菜も豊富にありました。
キューカンバーも大きいもの3本で70円。卵は12個入りで280円でした。「つけあげ」を作ろうと思いサツマイモによく似た芋もかいました。
国道は一本だけ、信号はありません、込み合う所はロータリーになっています。
2時間ほどでラキラキに到着しました。海辺の石原に。
沖から猛スピードで船外機のボートがやってきました。
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(ナンディのイスラム寺院、私も日本人には見えなくなりかかっていました)
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by reihoku-p | 2008-11-15 17:21
フィジー一人旅をしてきました。その6
空港から海沿いに向かって走り、リゾートホテルが立ち並ぶエリアに入りました。その一つのホテルの前に車が止まりバッグを携えて降り、チェックインしました。ここへは、今年の4月~6月まで我が家に泊まり込みで真珠の研修をした、家の二人目の娘Mちゃんがご招待してくれたのでした。一泊4万円は下らない高級ホテルです。でも、もっと高いホテルもあるそうです。ツインの部屋でしたがベッドが日本のものより大きい感じがしました。石鹸やシャンプーも日本のものより香りが強く、シャワーの蛇口が取り付け式で直径が15cmくらいあるのには驚きました。夕食は、バイキングでした。インディアが握る寿司、刺身、肉料理、野菜、パン、デザート、ケーキ、チョコレート食べきれないくらいありましたが、やはり、寿司は人気でした。旅行会社のT氏と3人で楽しい時間を過ごしました。その夜は、久しぶりにバスタブにお湯を溜めて入浴したせいか熟睡しました。
翌朝、すがすがしい目覚めで、カーテンを開けるとガーデンがありました。ヤシの木にプール、茅葺の家、いかにも南国といった感じです。朝食は、バイキングマンゴーも3種類ありました。パンも色々、マンゴージュースやオレンジジュースが美味しいのです。池の上に立ったコテージ風の板張りのテーブルで2人で食べました。小鳥もすぐそばまでやってきます。極楽極楽。
食事が終ると当然お土産ショッピングです。大した物を買う訳でもないのですが、民芸品、アクセサリー、特産品を見た後、無料の巡回バスに乗って別のホテルにも行きました。そこで、フィジアンが露店でお土産を売っていました。「ハマチ」「ジャパニーズ?」「イヤ」「10ダラ」国を確かめてから値段を言うのには驚きました。一気に買う気がなくなりました。真珠を販売しているお店もあって、私達に天然真珠だというのですが完璧なタヒチの黒蝶真珠です。Mちゃんが「こちらは、私の真珠の先生だ」と説明すると、「私に真珠の事を教えてくれ」と自分の住所を書いた紙を渡してきました。(帰国後、真珠科学研究所に渡して連絡を取って頂くようにお願いしました)その後、自分達のホテルに帰り荷物を持ってタクシーを待っていると、ホテルマンのフィジアンが「どちらにおいでですか」と日本語で話しかけてきました。「私の名前はトラです。フーテンの寅です」と流ちょうな日本語です。横浜に2年留学していたと話してくれました。玄関には、次々とオーストラリアやヨーロッパの観光客がツアーバスから降りてきます。その度にウエルカムドリンクとしてトロピカルフルーツジュースが振舞われます。3人のギターを持った巻きスカートに花を髪に刺した青年が歌を歌って出迎えます。歌が終ると大きな声で3人揃って「ブラ」と叫びます。タクシーもやって来て、ナンディの市内へ向かいました。
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by reihoku-p | 2008-11-14 16:47
フィジー一人旅をしてきました。その5
3日目の朝、船でオペレーションハウスに着くと、全員が揃って「OHAYO-U」と挨拶してくれました。今日の午前中までで皆とお別れです。午前中を楽しく過ごして皆にお別れを言って昼食を取りに技術者のハウスでチキンのカレーを食べて、技術者の方々と談笑し帰国されたら天草に来て頂く様にお誘いしお世話になったお礼を言って別れました。
私は、シャワーを浴びようと表のシャワー室に入ったら、ドアを誰かがノックしてきました。開けてみると、ロニーです。シャワーが終わったら下の事務所に来てくれと言うのです。シャワーが終わり、サブサブに来た時は、ジーパン、Tシャツ、スポーツシューズでしたが、帰りは、半ズボン、Tシャツ、ゴム草履です。ベランダで涼んでいるとロニーがしびれを切らして迎えに来ました。荷物を持って事務所まで運んでくれました。(今朝も、6時前ビリーがホテルのドアをノックして荷物をここまで運んでくれたんだ)(その前の日は、会社に向かって歩いている私を見かけたベニーが声を掛けてくれて一緒に歩いてきたんだ)彼は、私に「リメンバー」と何度も言ってオフィスの自分のデスクに連れて行き、一枚の紙を見せてくれました。そこには、天草の地図と市や町の名前が日本語で書かれていました。私が住んでいる所はどこだと言うので印を付けて、英語で書かれた私の名刺を彼に渡しました。必ずメールするから必ずメールをくれと何度も言いました。タクシーがやってくると、荷物を積み込んでくれました。手を合わせて「アベ、ありがと」と言ってくれたので、私も「ロニー、ビナカ」と言って別れました。ドライバーは、来た時と同じラットネスと言う26歳のインディアです。(名前は、ネズミとネスカフェを連想して覚えました)
観光案内をしながら走ってくれる親切で陽気なドライバーです。道路の所々に道路が盛り上がっているので何で凸凹なんだと尋ねると。集落や学校のある所は、車がスピードが出せない様にワザワザ凸凹にしてあるんだと教えてくれました。DAIGOではありませんがタシカニ。裸足で道を歩いている貧しそうな人達もタクシーを見ると手を横に出して止まれというような合図をします。タクシーに乗るお金を持っているのか?と尋ねるとタダでついでに乗せて貰おうと思って手を出すのだそうです。私に幾つだと尋ねるので54と答えると。若い35歳で通ると言ってくれました。そこまでは順調だったのですが、ハッと気づいたんです。お金を挟んだノートをオペレーションハウスに忘れてきてしまった事に、ドライバーに携帯を借りて日本人技術者に連絡してノートは、最終日宿泊するホテルに、現金は日本の口座に振り込んで頂くようにして下さり助かりました。ランバサ空港に着くとほとんどがインディアで白人が少々、日本人は私だけ。すごく混んでいてチェックインするのに並んでいました。預ける荷物を台秤に乗せると、次は私に台秤に乗る様に言うので、聞き違いかなと思いつつ乗りました。(今まで飛行機に乗るのに自分が秤に乗るのは初めての経験でした)飛行機がやってきて荷物が積み込まれます。私の荷物も飛行機の中に入って行きました。これを確認していないと、どの飛行機に乗るのかアナウンスでは分からないのでこちらもひっしです。(チェックインしても搭乗券をくれないで支払証明書の下に座席番号をボールペンで書いてくれただけなんですから)やっと搭乗です。18人乗りでコックピットの仕切りもなく、副操縦士が全員搭乗したのを確認して狭い通路を頭を低くしてコックピットに入って行きました。天草エアラインの飛行機も小さいけど、これはその半分。さっき乗ってきた大きな白人もタラップを上がって入口で頭をゴツンとやったのを見て吹き出しそうになったのをこらえました。(こんな事を思うと天罰が下るんですね)離陸してまもなく、雨水が膝に落ちてきました。天井を見てもなんともないのでなんだったんだろうと思っていたら、また、雨水が、そして、何だか冷たい風がどこからともなく吹いてくるんです。どこから来るのか確かめたいのでアチコチ見ていると何と、タラップ兼用の入口に2cm位の穴が開いているではないですか。体は冷えてくるし、トイレには行きたくなるし
ナンディに到着してドアが開いたら一目散にロビーのトイレに駆け込みました。トイレから出てくると小さな荷物用のターンテーブルが回りだし、すぐにバッグがやってきました。結局ここでも、手荷物の確認半券はチェックされることなく、迎えの旅行会社の人と私の教え子の待つホテルに向かいました。
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by reihoku-p | 2008-11-11 19:18
フィジー一人旅をしてきました。その4
黒蝶真珠の取り出しや核入れを見せてもらったり、実際に貝の口を開ける作業をしてみたり、貝柱を切って貝の肉を観察したり、どんな生き物がブイに生息しているか等、
一応仕事らしきものもしてきました。その合間にフィジアンの従業員達に日本語の挨拶をローマ字で教えたり、日本のトイレは水が出てお尻を洗うとか教えると大喜びします。
彼らは、携帯電話を持っています。生活は苦しいはずなんですが携帯は必需品のようです。小さな電話で、カメラの機能は付いていませんでした。私の携帯で写真を撮ってやると「オー、ジャパン、エー」と感心していました。言葉の最後に皆「エー」を付けるので日本の「ねー」と同じかなと思い私も「ね」と最後に付けると、彼らには「A」と聞こえるようでした。一番体の大きいリバイに私を押してごらんと言って押させました。相撲の指導です。一生懸命押すのですが腰高なのでビクともしません。リバイが疲れた頃、私が跳ね返すとオオ~ッと歓声が起きます。リバイが驚く様子を見て皆が笑いだします。
彼らは、仲間同士で「KARATE」と言っていました。「どうしたらそんなに強くなれるか」と聞いてくるので「エブリディ、エブリディ、ワーク、ワーク。ワーク、イズ、トレーニング。ストロングマン」「ワーク、タイム、フル、ワーク」と、彼らが楽しく、よく働いて高収入になってくれればと思い言ってみました。「空手を教えてくれ」と言うので「ネクスト、タイム、マイ、フィジー、カンバック、ティーチ」と答えておきました。彼らは、黒蝶貝をむいて、海水で洗い、天然のレモンを絞って少量の塩を入れ、チリという小さな唐辛子の生を入れたドレッシングに漬けて(短時間)毎日仕事の合間に食べます。これが結構旨いんです。私もよく食べました。ダロイモの蒸したもの(里芋を蒸したような味でさほど美味しくありませんでした)ダロイモを油で揚げて塩味にしたもの(これは、同じダロイモとは思えないくらいおいしかったです)バナナとココナッツと砂糖を混ぜて蒸したもの(これは、美味しいと思う人と香りが気になって食べにくい人に分かれるでしょう)も食べました。私は、貝柱でバター焼きを作ってあげる事にして、皆に言うとセッセと貝柱取りをやってくれました。
(結局、私が作るより上手に日本人技術者の方が作ってくださいました)彼らは大喜びで親指を立てて「グーッ、グーッ」の連呼でした。翌日は、私が、天草に伝わる「つけあげ」をキャッサバという現地のイモを使って作る事にしました。このイモ木の根みたいで固くて硬くて、薄く切るのに指にマメが出来てしまいました。砂糖の量は日本の倍量、メリケン粉(フィジーではフラワーと言う)卵、塩とイモを混ぜて低温の油で揚げて、翌日持って行きました。あっという間の出来事でした。袋一杯のつけあげは姿がなくなり、袋に残った切れ端も綺麗に口に運ばれていました。あと2人貝を揚げに行っていないのに。
沖から2人が帰ってくると、どこから出してきたのかつけあげを入れたタッパーを渡していました。(ああ良かった、ちゃんと仲間を大事にする心があるんだと安心しました)この時は「ここに住んで、このお菓子を作る会社を始めろ」と言ってくれました。それ以外にも、日本の挨拶を教えました。皆、熱心に練習をしてくれました。今日は、やらないと言っていた仕事も、私が見たいと言うとOKといって舟を出して貝を揚げて来て丁寧に教えてくれました。日本人技術者の方が、こんな短時間にフィジアンと仲良くなった日本人は見た事がないと言って下さいました。
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by reihoku-p | 2008-11-11 18:06
フィジー一人旅をしてきました。その3
タクシーから見るランバサの景色は、サトウキビと簡易な家屋があり、乾燥した赤土でした。峠を越えると涼しく感じはじめました。峠を越えたサブサブ側は、雨も多く、過ごしやすい気候の様です。サブサブの港町には、ホテルやビリヤードのある遊技場、ナイトクラブのようなもの、スーパーもあり、港には外国の家族連れのバカンス客のヨットが数隻停泊していました。砂浜で煙が燻っていたのでゴミでも燃やしたのかなと思っていたら、何と温泉の湯気でした。日本人の技術者の方の家で軽食を頂きホテルに向かいシャワーを浴び、歯を磨き、仮眠を取りました。(時差は3時間・日本が3時の時、フィジーは6時です)
午後6時に夕食を食べにくるように言われていたのですが、目を覚ますと午後6時ちょっと過ぎ、慌てて支度をしてホテルを出ました。その格好は、フィジールック(Tシャツ・短パン・ゴム草履)すれ違う地元の人の視線を感じながら独身2人住まいの家へ行き男の料理とは思えないような美味しい食事を頂き、歓談して9時にホテルへ帰りました。

13日、朝6時に家へ行き、朝食のパン・コーヒー・ジュース・チーズなどを頂き、作業場へ。木の長い桟橋を歩いてゆくと茅葺の休憩所があり、その先に船外機の付いたボートがあり、乗船。現地のおじさんが運転して沖のオペレーションハウスに向います。
ハウスには、貝掃除や、栓差し、貝剥きをする現地の人が8人いました。
彼らに挨拶をしてから、オペを見学させて頂きました。私達、あこや真珠を生産している者はやらない技術を見せて頂きました。テンポよくいかにも簡単そうにする技術関心致しました。それと、黒蝶真珠でもアップルグリーン・ショコラ・ゴールド・ブルーいろんな真珠がでてくるのが見ていて飽きませんでした。
作業の皆は、私がビデオを向けると元気に明るく、手早くその作業を見せてくれます。
貝の掃除の仕方・栓の差し方(貝が大きく、貝柱が強いので開けるのも凄い力が必要でした。
地元の皆の顔と名前を覚えようとビデオに撮って名前を言ってもらいました。
仕事が終わって、ホテルに帰って顔と名前をビデオとノートで覚えました。
英語で覚えると忘れるので、それぞれの名前を漢字にして覚えることにしました。
ロニーは露弐、ベニーは紅、セルーは勢留。それでは、次の漢字は何と読みますか?
眠馬弐、美利、和音、利倍、下根。
翌日、彼らにジャパニーズネームをプレゼントすると言って発表すると大変喜んでくれました。
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日本語も一緒に教えてみると、大変興味を持ってメモしたり聞きに来たりしてきました。
好奇心旺盛な少年の様です。私も、彼らにフィジーの言葉を習いました。
ブラ=こんにちは、ビナカ=ありがとう、ケレケレ=すみません、モゼ=さようなら
トゥラコ=行こう、シンガビナカ=晴れ、ウザ=雨など・・・・・・・。
彼らは、半分が仕事をしている時、半分が景色を眺めたり、人の仕事を眺めたりしています。よく間食をします。2斤の食パンにバターをたっぷり付けて薄いコーヒーに多めの砂糖をいれて午前中に食べてしまいます。ダロイモの蒸したのや油で揚げたのも食べてしまいます。凄い食欲ですが太ってはいません。本当に人なつっこくて、憎めない性格です。音楽も大好きで付き合いやすいですが、仕事の工夫、能率、出世などにはあまり興味はないようです。だから、時間がゆっくりゆっくり動いている気がします。
(自分の日本での暮らしを、これで良かったのだろうかと考えさせられる時があります)
(答え:ネマー二、ビリー、ワネー、リバイ、シモネ
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by reihoku-p | 2008-11-03 17:15



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